スクールアイドルに興味のなかったアニメ視聴者の端くれが見た『ラ!』と『サ!!』

※前置き
当エントリーはアニメ『ラブライブ!(ラ!)』及び『ラブライブ!サンシャイン!!(サ!!)』に関して感じたことを比較しつつ、良い点も悪い点も自由に述べていくだけの記事になります。
個人的な意見に関してはなるべく客観性の高い論拠を提示しつつ見ていきますが、およそ作品のファンとは言いがたい目線も多いことを踏まえた上でお読みいただけると幸いです。
また、記事途中でご気分を害されたという方も遠慮なくブラウザバックをお願いします。

まずは『ラ!』に触れようと思い立ったきっかけから

8月5日のエントリーでも言及がありますが、ボクが『ラ!』を視聴しようとしたきっかけは何ということはなく、ただただ話題性の高さ。
とは言いつつも、『サ!!』の場合は先駆者μ’sの存在もあれば、“顔がレズ”なる一種のパワーワードもあったりと、興味を引くきっかけは数多かったのも記憶していたり。
そんなこんなで自然と(多くはメタ目線ではあるものの)両者を比較しながら見ていくことに。
まあ、作中ではAqoursもμ’sの影を(アニメ作中では12話まで)ずっと追い続けてきたし、その必要性は保証されてますよね、という感じで。

で、1話を見る

似た流れの部分も数多くありながら、メタ目線での決定的な印象の違いは既にここからありました。
初見時の印象は、「キャラの名前を覚えやすい『ラ!』と覚えにくい『サ!!』」。
これはおそらく脚本と演出の両面に跨る問題だと思うんだけど、この印象を言い表す上で一番良いチェックポイントは、メインキャラが一定人数集結するシーン。
該当シーンとして最適なのは、『ラ!』においてはUDX正面でA-RISEの映像が流れた場面、『サ!!』ではようちかのスクールアイドル部メンバー募集に一年生が興味を持つ場面かな。
これ、前者は作中における情報提供のためのレイアウトが自然にできているんです。
穂乃果は妹からUDXが生徒を集めているということ(言い変えれば廃校阻止のヒント)を聞き、翌朝直行すると、そこには人集りがあった。
空気に飲まれてしまった(日本人はとりわけ飲まれやすい)穂乃果はその中の1人として周囲の人々と同じ方向に視線を向けた。
そして、同じく空気に飲まれたのかは定かでないものの、その場に居合わせたキャラ数人の表情をアップで見せつつ、A-RISEへの映像を交えてスクールアイドルに対する4人の反応を示す。
このシーンだけで穂乃果以外がメインを張るキャラだと初見の方が認識できるか、そう聞かれれば、当然必ずしも肯定はできません。
ただ、後に彼女たちがピックアップされたときに、一連のシーンはキャラの性格を提示する上で一定の効果を果たすし、その配慮となるシーンとしては上手に作られています。
(とりわけ花陽のアクションは、アイドルファンの側面を後に見せる布石たり得ていて、特に良いものです)

『サ!!』はこの点に関し、とりわけ初見の身にとってはやや不自然さや不親切さが目立つかなという印象。
特にヨハネ登場前後からですが、キャラの形姿を把握させる上で、カメラワークが落ち着かないというのが非常にマズい。
また、登場人物の視点が目まぐるしく変わることで、キャラ1人ひとりへ集中することを阻害していたかなと。
その結果は、自分がメインキャラの顔と名前を一致させるのに『ラ!』に3話(1)、『サ!!』に7話かかるという差として現れました。

とまあこういった印象のまま、第一の山場とも言える3話に

個人的な印象として『ラ!』と『サ!!』が水をあけることになったこの回でまず際立ったのは、”前回のあらすじ”。
『サ!!』3話における”前回のあらすじ”が個人的には偉く語り草要素を帯びている感が。
「3人で海の音を聞いたことをきっかけに」というフレーズが(ん!?短くするとこんな突拍子もない説明になるのか!)という感覚を覚えたところ。

更に何より指摘したいのは、両者ともここで初めてとなるライブ。
幕が上がったところで観客が0、というのはどちらも展開としては同じなので差異もへったくれもありません。
差異が現れるのはその背景で、μ’sにはほとんどの生徒たちが関心を寄せなかった。
一方のAqoursは、注目する人々が非常に多かったものの、3人がライブ開始時刻を間違えていたことによるミス。
これはどちらが良いということではないのだけど、私的感想を言うと『サ!!』3話では痛烈に肩透かしを食らいました。
話数を経ていくに連れて、『サ!』には強いカタルシスよりも起伏少なめで落ち着いた物語性(童話性)を求めるべきなのだなという認識が強まっていくのだけど、流石にこんな序盤じゃそれが分かるワケなかった。
『人魚姫』の要素が随所に盛り込まれていることに明確に気づくにはまだまだヒントが足りなかったし。
それに1話の引きや2話の海の音の件のように、序盤は運命性を強調したある種インパクトの大きい展開が多かったんだもの。
『ラ!』は穂乃果たちの意志も相俟ってドラマティックな逆転劇を期待してしまう作りになっているので、こちらのほうが万人受けしやすいのではないでしょうか。
今となって言える結果論の側面もありますけど。

そんな感想の3話と対照的だった4話

当回は、『ラ!』も『サ!!』も全編を通じて最も印象深かった回に上げられるかなという感じ。
どちらもその作風を存分に活かした演出・脚本となっていて、特にピックアップしたいものでした。

自身もスクールアイドルを望んだものの、足踏みを続けた花陽。
幼い頃から長い間隣に立ち続けてきた凛、家を訪れたときに激励してくれた真姫という存在がありながら、やはり自分には踏み出せないと思った花陽。
最終的に2人に引っ張られ、背中を押され、借り物ながら勇気を出してようやっとμ’s加入に至る意志の脆さを見せ、凛から「かよちんえらいにゃ」と当人にとっては大きな成長だったことを賞賛される花陽。
そんな花陽の臆病さとそれを超えていく終盤の展開が丁寧かつ劇的に描かれた『ラ!』4話。

スクールアイドルへの憧れを持ちながら、自身への不安や姉からの暗黙の圧を恐れていたルビィ。
誰にも語ることなく、同様にスクールアイドルへの憧れを持ち続けていた花丸。
花丸に手を引かれて心の扉が開かれ、スクールアイドル部への入部を決意したルビィ。
そしてそのルビィにより、自らも閉じ籠もっていた本の世界から抜け出てきた花丸……という2人の歩みを演出を利用しこれでもかというほど綺麗に描き切った『サ!!』4話。

『サ!!』のほうでは映像作品としてはある種ご法度であるモノローグを使っていたことを指摘しておきたい程度で、話の作りも魅せ方も、両者非常に上手かったのではないかという印象がありました。
『ラ!』に至っては、前述のエントリーで触れた矢澤にこにフォーカスする回以上の感動を得られたり。

すったもんだあって集結していく9人と、そのバックグラウンド

フルメンバーになるのは、『ラ!』が8話で『サ!!』が9話。
そこまでプロセスに関しての結論を言うと、『サ!!』は非常に配慮のある繊細な展開で進んでいったなという感想。
ここはやはり、序盤から長い時間をかけて3年組の描写を端々に潜らせていたのが効果的でしたかね。
『ラ!』も描写の積み立てがないワケではありませんけど、希の描写が背景を感じさせるにはかなりぎりぎりだったので。
また、『サ!!』9話で果南と鞠莉が和解するシーンは流石というべきか、作画の溜めが素晴らしかった。
そしてルビィ→ダイヤの言葉からライブへの流れ。 『サ!!』はライブ演出も尻上がりに良くなっていったので、上手く噛み合っていて好印象。

そして反響の大きかった最終話は

『ラ!』の終盤はやはりとてもメリハリが効いていて、少なくともメタ的には締めに相応しい脚本・演出だったかなと。
スクールアイドルの活動を経た全員の、変わったところも変わらないところも全て踏まえて出た各々の答え。
それを見るに、ストーリーに乗っかったときのキャラ造形は綿密に練られていたのを強く感じました(最たる例はこちらで挙げた通り、矢澤にこ)。
穂乃果は自身が周囲を振り回しながらも、スクールアイドルに本気で憧れを持っていたことを思い出した上で、ことりを引き止めに行き、そのままμ’s全員でライブ。
駆け足気味だったことに演出的な厳しさをいくらか感じた程度で、上手くまとまっていました。

一方の『サ!!』は、纏まりに欠ける脚本で反響もあまり良いとは言えなかったところ。
ただここで個人的に言いたいのは、『サ!!』の最終話Bパートにおけるミュージカルそのものは問題ではないということ。
本来の回想などのように、それまでのエピソードを振り返る手法は、溜めが大きければ大きいほど爆発するものです。
つまり、使い方に寄ってはどこまでも化けるもの。
従って、この手法で感動しなかった方は”脚本の乱れを感じ取っていた”、”演出が肌に合わなかった”などに類する原因があるのではないでしょうか。
事実、Aパートの展開はそれまでの描写から考えるに唐突さが否めない (一般生徒たちが輝きたいという願いを持っている伏線と思しき描写は、記憶している限りで2話において曜から語られた「以前にスクールアイドル部を設立しようとした生徒はダイヤからの許可を取ることができなかった」という話のみ)。
最終話でこんなエピソードを持ってくるというのはドラマ性の向上が望める一方、決して配慮のある流れとは言えません。

なお、ストーリーを振り返る手法そのものが問題でないという説を疑う方は、そのもの全く別の作品になってしまいますが 万人に受けるカタルシスを持ち、20世紀の名作(私見)として幅広く絶賛を受けたこちらのアニメ作品 を見ていただければ多かれ少なかれ事実だと分かっていただけるかなと(同様の手法が用いられる話数は最終回の1話前)。

終わりに

またしても長々と記事を書き続けてしまいましたが、個人的には『ラ!』『サ!!』どちらも楽しめました。
最後まで読んでくださった方には、この延々と連なった文章をその証左として受け取っていただければ嬉しい。
流石にこれ以上まとめる気力が湧かないので、今回はこれまで。

  1. 『ラ!』本編で矢澤にこの名が初登場したのは確か5話。ここには『ラ!』視聴以前から矢澤にこは唯一顔と名前が一致していたという私情がある。ただどちらにせよ、早く名前を覚えたのは『ラ!』のほう 

Written on October 5, 2016