純真すぎる妹と良い性格の姉:『スローループ』42話

物語の体を取った、悪意の見えない殺意
優れた作品に触れてこれを食らうのはこれまでもしばしば経験してきましたが (個人談) 、久々にドデカいのがきましたね。

上等じゃねーか
これほどまでのエピソードをお出しされちゃあ、こちらもありったけの真摯さで応えなきゃいけねえってもんです (個人談) 。
そんなワケで前置きはさっさと切り上げて、ネタバレしまくりのスローループ42話感想、行ってみましょう。
いざ、尋常に。

山川ひよりから海凪ひよりへ、土屋みやびから海凪ひよりへ

今話の感想で、おそらく個人的に最も大きかったうちの1つ。
めちゃめちゃ悔しい

ボク自身、作中で頭1つ抜けて気に入っている登場人物であるひよりが、病床の小春と信也さんを重ねてしまうと、微塵も思い至らなかったなんて。
(ひよりの中で本当に重なったのは多分、小春の「寂しかった」を直接聞いてからなのだとは思いますが、それでもなあ)

ひよりは5話にて、母親と弟を亡くした小春に思いを馳せながら、父親である信也さんの死に際し自分自身がどうだったかを顧みてもいました。思えばあの時、ひよりの内心もなかったのでしたね。1話、2話、6話、10話、31話、とこれまで折々で現れていた記憶や思いからは、弱っていく信也さんの病状を充分な時間によって受け止めることができ、今ではただその記憶だけが残っていた……と憶測をしていましたが。
実情は正反対で、寧ろ全く受け入れられず目を背けていたからこそ、度々信也さんとの記憶を思い返していた。28話において言及されている、信也さんの事も見ないようにしていた「あの頃」は、おそらく死別前からの全てを指していたようです。読み違いでしたが、これまたひよりにとっては無理もない話。
それでいて幸か不幸か、実はひよりも小春と近い (であろう) 肉親の死を受け入れられる余裕の乏しい状態にあった。
これまでも人並に思い悩む場面は多々ありながら、その実は好きなことに一直線で純真。そんなひよりが、紆余曲折あってようやく「人はいつ何時でも本心からの言動を見せるワケではない」と知り、毒にも薬にもなり得るその知見をもとに、嘗て自身が目を背けていた病床の信也さんと向き合い、そして変わらず小春と共に進むため、土屋さんからも託された役目を果たす宣言をする。これが心を震わせずにいられますか、って話なんですよ。
前話感想でも触れましたし、件の5話でも、あるいは13話などでも共通する場面があった通り、ひよりは他者の物事を我が身に置き換えて捉えることにかけては非常に早い。また、分からないなら素直に分からないと訴えるやり方も、ひよりにかかれば小春への働きかけとして機能する。こういった混じりっ気のない感受性もまたひよりの魅力を為す一面であり、小春の心を開く鍵にさえなり得る真っ直ぐさでもあると改めて示された形です。こうして過去のつらさを打ち明けたことは、小春にも今一度良い影響を与えていくことでしょう。

しかし、ひよりの意識が万事に対して功を奏していたとは言い切れません。
周囲で起こった出来事を全て自分の枠のみで捉えるのは、これもまた自分本位そのもの。今回は丸く収まったものの、ともすれば認識の歪みを招きかねないでしょう。
自分本位な側面をきちんと顧み、やや自嘲しすぎている向きも今話で改めて見られた小春とは、ぴったり嵌まる歪み方とも言えますが……
これについては後述。

自らを「打算的」と卑下する海凪小春

こちらはようやく点と点が繋がり始めた感じですね。
これまでボク自身、解釈に腐心してきた「嫉妬深さ (羨望) 」「自己犠牲 (無私) 」その他諸々が、小春の中でいかにして関わり合っていたか。

これ、ボク自身は「互恵的利他主義」で説明しようとしていました。言い訳がましいんですが、数日前小春についてふせったーでまとめた際に記載しそびれていた…… (これもちょっともったいなかったなあ)
ただ逆に言えば、そのくらい考察は容易だったポイント。換言すれば「情けは人の為ならず」、要するに小春は自身が利を得る (それも目先の利ではなく中長期的に見て自分を利する) ための行動を取っていたと言って良いでしょう。
更に言えば、小春の「自己犠牲 (だと推察できていた言動) 」もそのくらいの話であり、嫉妬のほうがより小春の根底にある。
それら全てのもっと下層に位置するのが、今回作中でも言及された「打算」。「自己犠牲」の側面に添って言えば、自分のための利他性から派生しているとも解釈できる行動傾向です。
2話「もうちょっとだけやってこうよ!」、4話「いいの……ひよりちゃんが楽しければそれで……」、16話「ゴリゴリ君グレープ味買ってきたから許して〜」といった微笑ましい振る舞いから、7話「私は大丈夫」、20話「いいこにしてるから……きらわないで……」、21話「明日からはいつも通り元気になるからね!」も、37話「私だって性格良くないよ 嫌われたくないだけ」などの重みを感じさせる言葉まで。こうして見ると印象的ですが、これら全てが今話にして、1つの線で結べるまでになりました。
その打算は今最も近くにいるひよりから、既に手の届くことも叶わなくなった実の母親や夏樹君にまで至ります。面白いことに6話、「だから大丈夫」「昔と変わらない笑顔でいれば」は、今後も一緒に暮らすことを念頭に置いた上でひよりを励ます打算の元語られた可能性に留まらず、「(自らが)昔と変わらない笑顔でいれば」「ママもきっとわかる」から大丈夫だと決めつけをしているようにすら受け取れる始末。
後者は特に印象深く、今話において「ひよりちゃんの中のお父さんが決めていいんだよ」と口にした背景にまでなり得てしまう。ある種文字通り「死人に口なし」と言っても良いでしょう。これは流石にボクもちょっと度肝を抜かれる発想だなと思ったり。

ただし、この自分本位ぶりを俯瞰するに当たっては、やはり考慮したいポイントがいくつかあります。
まずは言うまでもなく、このパーソナリティが環境的な要因によって形成されていったであろう点。病弱な身体というやむにやまれぬ事情から、自分ではできなかったことも多数あったでしょう。そんな姿で周囲を見た時に、周囲の他者に「自分ではできなかったこと」ができるのだと羨望 (=嫉妬) を抱く線もあれば、「自分ではできなかったこと」を周囲がやってくれる日常に罪悪感を覚えてしまう線もありますし、あるいは今回のキーワード「打算」を考慮するに、「自分ではできなかったこと」を周囲がやってくれる日常の中で、他者を自分の意思で動かそうとすることに慣れてしまった線などもあり得る。とにかく小春が身につけてしまったマイナスの振る舞いに関しては、(孤独の寂しさすらも副次的な感情であった辺り) 様々な考察ができるハズですし、同時に小春自身からしても、好ましくないと認識してしまえるような成長の仕方をしてしまったのだと見るべき。
また、可愛いことに当の小春自身、妙なところでボロを出しがちだったり詰めが甘かったりする点も見逃がせないところ。振り返れば元々小春もひよりに「なんでも口に出す性格」と認識されており、3話において高所が苦手だと分かった際の「全然へーき!」などは明らかにあのひよりからも当然のごとく真意を見透かされた場面でした。また何より、今話でも言及があったほど姉らしさに拘っている小春が、20話でひより曰く「およそ姉とは思えない様相」になってしまったきっかけとなるレインポンチョの失態は、作中を見渡しても最上位に来る大ポカと言えるでしょう。あるいは、恋ちゃんの助けなしには一誠さんの信頼を得られないくらいの思慮だった23話の例もあります。こういう口が打算と言っていても、衝撃を受けるよりはただただ全くもって微笑ましい。
最後にもう1つ付け加えると、そもそも「打算的である」と自分を卑下している性格での打算など、それこそ微笑ましく可愛いものです。これはまあ、多分至極個人的な感想として。

山川ひなたからひよりの母親へ

それでは本作最大級の爆弾になり得る要素が何なのかと考えた時、ボク個人としてはやはり親側の描写を上げたいワケです。
かと言って、当時の山川家に関しては、既に亡くなっている信也さんの真意はまだ探れそうもありません (これは当時の海凪家における小春の母親と夏樹君も同じ) 。
キーパーソンの1人であるひなたさんが当時立たされた苦境は、日に日に弱っていく夫と、その晩年を直視することさえできなかった娘の板挟みになるワケですか。

先に述べた通り、幼かったひよりにとって父親の病状を受け止めるのが難しかったのは無理からぬことでしょう。
が、問題はそこから。28話では曰く、死別後もひなたさんと信也さん双方について「見ないようにして」きたことがあったのです。こうして意識的に狭くなってしまっていたひよりの視野が、ただでさえ我が子を1人で育てねばならなくなったひなたさんの覚悟を、更に強めてしまったのは想像に難くない。
更に高校入学直前のひよりは、自身の前で常に母親であり続けたひなたさんのサポートとして、後に再婚する相手 (しかもこちらはこちらで同種の苦心を抱えていた) に役割を見出す策へ打って出ました。これは一概に悪いとも言えませんが、見方を変えればその相手へ相談役を押しつけた上で、余計ひなたさんを母親の立場に縛りつけかねず、同時にひより自身までがその娘の枠へ収まってしまう、どこか虫の良い策でもありました。
ひなたさんの苦悩も、ひより本人の苦悩も、その選択に準じているワケです。今後の物語の動き、そして各人の動きは、これらをひよりが認識しているかどうかに委ねられているのではないでしょうか。
これはボク自身ずっと思い描き、そして待望し続けてきた「親側の真意」に迫る説得力を高めています。ひより (と小春) が海凪家における子供の立ち位置から脱する時こそ、きっとひなたさん (や一誠さん) が一人の人間へと戻れる時にもなる……そう望みつつ、また今しばらく時を待つ所存。

さてさて。心踊る話題を続けてきましたが、ここからもっともっと時系列を遡ってみましょう。
信也さんについての真意は探れそうもないと前述したものの、病気を患う前 (と思しき時期) のひよりに対する振る舞いの1つとして、10話回想での過保護な側面がありました。
これはつまるところ、子供を子供として見すぎてしまっている姿勢でもあるワケで……
果たして当時の山川家における、その顛末の根本的要因があるとするなら、それを突き詰めていった結果は誰に行き当たるのでしょうね?

今話に関してまだ言及できていない細かいポイントもいくつか

ここで今更ながら、今回の扉絵についても。

42話扉絵

言うまでもなく読者を打ちのめしにかかる雰囲気バリバリの1枚ですが、こういう回ではやっぱり初手からストレートを放ってきてくれたほうがありがたくもあります。おかげで即座に臨戦態勢を取れた。
P39-2、「私はあんまりいいお姉ちゃんじゃなかった」と呟く小春の目。驚くくらいすんと虚ろになってます。
そんな小春にフォローを入れつつ、小春のお姉ちゃん枠については謹んで辞退する恋ちゃん。らしい軽口だなあと感じ入る反面、28話で楓さんに「お姉さんみたい」と評された時の反応を思い返すと随分余裕になりましたね。
P40-2と3。この瞬間が、小春が外面を被る数秒なのだなと直感させるオーラの変わりぶり。良い性格をしてやがる。
「子供のころよく入院してたんだよね」「その時……さみしかった?」と尋ねるひよりについては、どこまで思慮を重ねた結果なのか量りかねているものの、小春のメンタリティにおける根源を肉親との死別よりも過去に見ている辺り、個人的に「よくやってくれた!」と唸ったポイントでした。
一方小春の「ひよりちゃんの中のお父さんが決めていい」は、やはり個人的に言うなら首を傾けざるを得なかったり……亡くなってから考えてたところでどうしようもないという諦観はありますが。
そしてこの日は、ひよりと小春が初めて会った日だったと。ついに作中でも1年経過したんですねえ、感慨深い。ここにもってきた料理が「1年の時を経た発酵食品」なのも効果的な配置ですが、今話はこれが枝葉末節になってしまうほどの重要エピソードだったのがもっと凄まじい。
P57と58、「時間がたてば悲しみは消えるって言われるけど消えたりしない ただ慣れていくだけ……」「だからたまに思い出して辛くなったり後悔したりするんだと思う」……個人的にはこちらのほうがずっと染み入り、また頷ける言葉でした。大切な存在がいない日々には慣れていくし、一方で大切な存在がいなくなった事実をふと再認識するとそれに応じた感情へ立ち返らされてしまうものなんだよな、と。
P60-1。照れを帯びた小春の表情、おそらく作中初めてでしょうか。同じく初めて見えた (物理的要因の影響も考えられますが) 涙と言い、小春の内面が詳らかになるのもそう遠くない頃合いなんでしょうね。
P63-1、「悲しい気持ちは消えないかもしれないけど 小春の料理は優しい気持ちに変えてくれるような そんな味がする」……こうして心情の変化を促してくれた小春が、亡き信也さんの部屋を使うようになった2話を思い返し、ボクはつい示唆的な香りを嗅ぎ取ってしまうところ。
最後に、「ふりまわされてるのは私の方だ」との小春談、良い性格をしてやがる。小春が実は打算 (とは名ばかりの熟慮) の元で自身の手を引いてきてくれたのだ、とひよりが知った時、2人の間でどんなやり取りが交されるのか……これも今から楽しみですね。

終わりに

本作を読み解いていく上で、かなり多くの考察に前進を生じさせてくれた今回。6巻ラストのエピソードであるとお達しが来ていますが、6巻収録となる内容も鑑みた限り、一区切りとしては十二分と言えます。安心。
一方、それらの描写1つ1つが「まだ他の読み方もできるのではないか」と感じさせるのは、それだけスローループが優れた物語である傍証でもあります。
全42エピソードを総攫いし直してきた中、ボクがこのタイミングで気になったポイントを1つ。14話、今の海凪夫妻が敢えて結婚指輪をつけていないのでは、との推察に辿り着いた際、小春から放たれた言葉です。

「気ー使ってるのかなー 使わなくていいのにな〜」

コイツ、つくづく良い性格をしてやがる。

Written on January 24, 2022