感想を送ること、感想を貰うこと、ファンになること
『こみっくがーるず』原作最新話を読み返し、今になって色々考えるところがあったなあと。
どうも最近気力が戻らず、追いかけていた漫画がいくつか更新されてもなかなか筆を取れませんでした。
別にこみがに関しては、最新話が作品として良くなかったとか言うつもりも全くないくらいなんですが、単純にボクがリアルタイムで何か呟いていたとしても、他の熱心なファンの方との温度差から逃れられなかったであろうことは想像に難くない。ボクは作り手としての観点からも、しばしば創作物に触れる身。
そんな自分にとっては、作品外の事情を考慮して感想を書くなどなるべくしたくないし、本来するつもりもなければするべきでもないこと。
感想を伝える先の最たる例である作者に関して言えば「作品に従属していなければならない」とさえ (思想として) 考えているくらいです。
もちろん、作品世界を受け手の下にもたらす立場である以上、創作者の端くれとして、気に止めた作品を描く作者の方にも敬意や労りの念などは相応にあります。が、例えばパーソナルな範囲まで肩入れまでするのは自分からすれば嫌悪感や不気味さすら湧く行為。
ボクにとって数少ない例外であるところの、作者の方当人まで追いかけているケースにしても、その方をきっかけとして触れた作品に対し、(同人ならまだ分からないですが) 商業の物まで盲目的に肯定評価を下すことはあり得ません。
それに加えてボク自身「他者を意識して感想を書くことはただ作品について言語化する範囲を越えて多大なエネルギーを消費する」のもあり、まあ端的に言えば「考えることは大事だけれどそれを他に誰かに見られることまで想定してまとめておく必要はない」「ボクが感想を書くのはそれだけエネルギーをかけても良いと思える物であり一大事」みたいなスタンスであり続けています。
そんな中、そもそものエネルギー残量の少なさからくたばりかけていたボクでしたが、ようやくまとまった文章を書ける程度には回復してきました。
感想のやり取りについては予々、ブログ記事を書きたいと思っていたので、まずそれを軸として。
一応こみがの感想も後のほうに記述しますので、それだけご覧になりたい方はこちらをクリックしてくださいませ。
感想を送ること
そもそもこうして作り手と受け手のやり取りに関する記述を残したかったのは、今年夏のC100がきっかけ。
カタログを見ていて、とある1つのサークルが目に止まったのでした。
それはACゲームを起源とする某アイドルコンテンツの2次創作本を主に描かれている方のサークル。
COVID19の影響でしばらくイベントに赴くハードル自体上がっており、昨年冬のC99もスルーしていたボクとしては、久々に見たお名前がとても懐かしく思えました。
何よりその方、数年前社会現象になった某少年漫画などにもお熱でいらした記憶があり、今もそのアイドルモノのジャンルを活動範囲としていらっしゃるのが、勝手な話ながら感慨深かった。
とは言え、ボクはただ遠くから眺めている部類の方。一度イベントで直接感想をお伝えしたこともあったものの、それだってもう4年は前の話。無論今使っているHNを名乗ったりはしていません。ボク自身さほどアグレッシブなほうでもないので。
当日も本を手に入れるだけ手に入れて、そそくさと立ち去るに終わりました。
それでもいざ開いてみた本は今回もまた、ボク個人が最も好感をもつ、作品や登場人物の解釈と考察を愛情で2次創作へ昇華させたタイプの漫画。それも説得力ある筆致で、描かれている誰もが、どのページでもきらきらしているモノでした。
やはり以前同様感想を送りたいと思ったものですが、当時使っていたその方のマシュマロは閉じられており、どうしようかと迷った結果、その本の奥付に記載されていたメールアドレスへと送ることに。
原稿でもなくただの趣味のやり取りでメールを使うなんて本当に久々で、「返信は別になくても良いがどうにか届いたことくらいは分からないものか」と結構緊張していたのを今でもよく覚えています。
その後非常に丁寧な返信をいただき、それでようやくボク自身もほっと一息つくに至りました。
件の方には改めて感謝の意を表したいものです。……まあ、自分が今使っている名義とは一切関連づけがなされていないので、その方が当記事をご覧になるのはまずあり得ないハズですが。
感想を貰うこと
それと同じ頃、ボク自身もまた作り手として感想をいただく場面がありました。
C100で頒布された某2次創作アンソロジーに、ボクが寄稿させていただいたSS。弊ブログをよくご覧になってくださる方ならお察しになるかもしれません。この記事では敢えて作品名を伏せますが、こみがではないもう1つのほうです。
その作品に関する感想を頻繁に投下しており、ボクも同じ作品のファンとして投下された感想をよく拝見している方が、C100にも一般側で参加されていたことを閉会後に知り、次の機会があればお会いしたいとお伝えした際の返事で、その方が感想をくださったのでした。
自分自身、感想をいただくのは、多かれ少なかれやはり嬉しい。作り手としての自分自身は通常多弁になるのを回避していますが、特に喜べる折の記憶は「創作意欲が湧いているにも拘わらず作業の進みが牛歩である時」などに多大な活力となってくれるほど。他にも様々な要因から、感想を大変ありがたく思ってはいますし、そういった思いをもう少し表明して良いのではないかと考えたりもしています。
反面、感想を書いていただくより、まず原典であるところの作品について考えてほしいと感じるのも事実であり。2次創作の場合は特に顕著で、原作の魅力を伝える手段の1つとして考察や執筆をしている側面もある自分にとっては、自分の創出したモノをきっかけとして、腰を据えてその原作により没頭する方が出るのが、最もファン冥利に尽きること。
幸いここで言及した感想をくださった方は、経緯上おそらくそこを既に果たしているハズ。それゆえに、尚のこと嬉しかったものです。
その方にも、ここで改めて感謝を申し上げつつ……
ファンになること
重ねて明言しますが、ボクは作品のファンになろうとも、作者のファンになることは極めて稀ですし、本来必要ないとも考えています。
好きな作家さんが執筆したからどんな作品でも好き、技術を備えた作家さんが執筆したからどんな作品でも技術的に優れている……なんてことはまずない (まあ好きになったり優れていたりといった割合が高まるのは予測できますし、特に後者に関しては、創作に限らず「プロは品質の最低ラインを死守するのが重要である」みたいによく言うものですし、1つの道理でもありましょうが) 。
ボクが感想を送った件の作家の方にしても、前述した通り一時は他作品への熱量のほうを高めていたようでした。どんなモノが好きか、どんなモノを描きたいかは、自ずと移ろうこともまた考えられます。こうした好みの移り変わりについては受け手も然り。
これ以上話を進めると思想の話まで脱線してしまいそうなので、ひとまず打ち止めにするとして、こういった「他者は他者でありそれ以上でもそれ以下でもない」という当たり前の事実は、創作においても無用な問題を引き起こさないために意識しておくべきです。
この辺りをしっかり念頭に置いた上で、それでも好きな作品を描く作家に対し、ファンだと胸を張って宣言するのなら、ボクもその方の姿勢を (同感はできないなりに、ですが) 最大限尊びたいと思う。
ファンの覚悟と作家の覚悟:こみが110話感想
作品のファンになる場合はあっても、作家のファンを名乗る事態は通常ない。そんなボクから見ると、ある意味で作家のファンという概念は一種の親心に近いのかな、とちょっと考えたりもして。
家族である都合上、処女作の時点で必然的に作家から入って作品を読んでいることになるであろう、はる子さんとよしはるさん。
二人の視点は、技術的にも知名度的にも、作り手として上がいくらでもいることを痛感しているかおす先生と幾分違います。このズレは、過去の回でもしばしば垣間見えていたモノでした。他方で裏を返せば、これは良いと感じたところを何にも妨げられず思った通りに伝えられるのだとも言えます。嗜好の観点で言うなら、これほど作品に没頭できる読者もいないのかもしれません。
そういった思いが、執筆における原動力のプラスアルファになるのは、ボク自身も感じていること。(だからと言ってそのために感想などを強要するのはまた違うというスタンスでもありますが) その感想はご両親からすれば、書きたいから書いているだけの話なのは想像に難くありません。それを自然と達成しているのは、まさに最初のファン (≒親としての愛) ゆえの思いもあるのだろうと推察します。
で、そこに来てそんなお二人と並び、手紙を書いたファンがもう一人。ボク自身仲間内で話していても、ファンレターを書くのはなかなか限定的なケースだと思しき共通認識があるだけに、相応の覚悟があったものと思われました。
かおす先生の喜びはいかばかりだったのでしょう。編沢さんも触れていましたが、感想を貰えるのは当たり前ではないハズですし、かおす先生はそれをよく理解しているワケで。
その送り主であるファンの人にあらん限りの祈りを捧げるのは、何ともかおす先生流。でも、これに関しては間違いなく気持も分かると言えば分かる。
これでも充分感慨深いモノでしたが、もう1つ指摘したい箇所がありました。
「もっとびっくりさせたりワクワクさせたりしたい」。ボクはこういった創作者に、最大級の敬意を払いたいと思うものです。
内なる欲求に従って描かれた作品は、それだけ大きく感情を揺り動かしてくれる。そんな経験則がボクにはあったりします (理想的にはその感情を上手にやりくりしながら、技術で補正をかけて描いたモノこそが、何より素晴らしい作品であるとも) 。……まあ、商業作品ではそんな事情もあまり与り知らないところですし、その必要もないんですけどね。
いずれにせよ、かおす先生もまた生粋の創作者であることが改めて示された点には、1つしっかり着目しておきたいところ。
そんなかおす先生の執筆した『はるいろ和菓子店』。ピックアップされているコマがよりによってよしはるさん譲りのくしゃみネタだったり、ここに来てまで「意味のわからないオチ」も「手足が変に長すぎるコマ」もないところに触れられていたり、ツッコミを入れたくなるポイントもちょくちょくありつつ……
あとはファンレターを音読しまくる宣言のP34-4で翼さんが誰にも泣き顔を見られまいと顔を背けていたりとか、P35-2「原稿ばくはつした!?」など、やっぱりネタにも事欠かない回だったな、と改めて思うばかりです。
完結まで残り5話とのことですが、最初に記述した通りボクは少数派な部類のファンなので、そこに関してもどう幕引きがなされるのかがやはり一層気になるところ。
終わりに
夏頃から積んでいた「課題」の1つを、ひとまずは総括できて良かったなあと思っています。
少数派とは言え『こみっくがーるず』のファンである以上、本作がきっかけとなってくれた点も込みで、確かな感謝を示したいものです。
それともう1つこみがの話ですが、かおす先生が3通目のファンレターを編沢さんからのものだと思ってしまった描写については、しっかりと記憶に残しておきたい。これはもちろん、良い意味で。