変わることと変わらないことを胸に、少女は前を向いて歩く:『スローループ』28話で描かれる幼馴染と家族の物語

ひよりにとって「変わらないでいてくれる」相手として、恋ちゃんと海は同格だったワケか。
そしてやっぱりまだ何かあると考えてもおかしくないひなたさんと、それを娘同様支えてきた恋ママ。
こんな贅沢なエピソードが4巻の〆ってマジか?
……などと(ひとまず落ち着きながら)感想をまとめている次第。

正直、色々あってこの1ヶ月間はスローループとの向き合い方が迷子になるくらいでした。
この辺りの話はいずれブログやTwitterなどでもまたそれとなく書くと思いますが、とにかくボク自身の熱量が先走りすぎて。
それが一区切りしてちょっと我に返った時、その熱量をそのまま原典に向けて色々大丈夫なものかと胃が痛むほどでして。
でも、やっぱり懐が深いもんですね。スローループ。
ボクみてえな蛙がちょっと頭を抱えてたところで、全く揺るがずにその熱量ごと飲んでってくれる大海だなと改めて。

ひよりにとっての恋ちゃんは、もう1つの海

3話で変わることを恐れていながら、2話では「海は変わらないでいてくれる」と呟いたひより。
そのひよりにとっては恋ちゃんもまた大切な存在であると折に触れて示唆され、13話では直接的にも言及されてきましたが……
前回からも察せられたように、恋ちゃんからひよりへの引け目はまだまだ掻き消えていなかった。
28話より
これですよ、P128と129のこの見開き。恋ちゃんの「後ろに隠れてるような」(4話)ことも今ではなくなったひよりの大きさであると同時に、恋ちゃんがひよりに踏み込む時の心理的距離だったのかな、と。
元々両親を見ながら、家族ですら他人だとする立場を崩さなかったのが恋ちゃんであるにしても、これがその距離なのかもと考えてしまうとちょっとぞっとします。

その原因でもある、今回にかけて見えたその引け目の1つが、ちょっと意外なベクトルだったのはやはり触れねばならないところ。
前回恋ちゃんが口にした「一番って重たいよ」「物わかりの良いふりをするのもつらいものだよね」などの言葉自体が非常に掴みにくいだけに、その答えとして直接像を結ぶこともまだできなさそう(あるいは深読みしすぎかも)。「一番であってもそれは時に相手を傷つけ得るような必要以上の深入りを招くほど重たい」と推測できるくらいかな。
あまり自発的に目立った主張をするほうでもない恋ちゃんのこと、今回の一件で物語における立ち位置を変えることは(少なくとも現時点だろうとまだ)おそらくないでしょう。
まああとは、依然この関係について何か思うところはありそう、みたいな想像もできると言えばできる。

しかし何にせよ、恋ちゃんの在り方がひよりの心を救ったのは事実。それを裏返すように今回、ひよりの言葉もまた恋ちゃんへと伝わっていきました。
恋ちゃんは海へと踏み込むのでなく、ひよりにとっての海と同じように「何も変わらずひよりと共にいた」。小春とも違う、恋ちゃんだからこそひよりにできた寄り添い方が、功を奏していたんですね。
そうして共にいてくれた恋ちゃんへの思いを、改めてひよりは真っ直ぐ伝えました。「小春に似てきた」とは、まさに4話で「友達に資格なんているの?」とまであっけらかんと言ってのけたり、あるいは恋ちゃんと比して「怖がらずに踏み込め」たりもした小春を思い起こさせます。実際、こんなひよりは初期じゃ絶対見れなかったハズ。
そして今度こそ、それは恋ちゃんにも響いたことでしょう。P137-2の恋ちゃん、したり顔がとても微笑ましいこと。7話の時防水ブーツ絡みで小春を煽ったあの表情みたいだ。

そういえば近しい読者の1人が語っていた感想として、前回の恋ちゃんが「やまひー」と言いかけた後「ひより」と呼び直すくだり(先月号P129-2)を差して「恋ちゃんってほんとはひよりを名前で呼びたいんじゃないか」という見方があり、ボク自身はそれに対し「単純に『やまひー』呼びが憚られる間柄の話し相手(=藍子ちゃん)だったからじゃないの」なんて所感を述べていたんですが、
2人だけのやり取りをしている中でちょくちょく「ひより」呼びがされている今回を考慮したら、むしろ前者の見方が正しいようにも感じられました。
「やまひー」呼びが始まったのは2人を取り巻く環境上やむを得なかったものですし(3話)、更に22話で幼少期の恋ちゃんが「ひよりちゃん」と呼んでいたのも合わせれば、恋ちゃんにとっても名前呼びをするような間柄への思い入れは結構あるのかも。

苦悩する親子と寄り添う親子

23話で電話を通じて話す様子を見るに、ひなたさんと恋ママもまた「支えられる・支える」の間柄なのだろうなと予想を立てていました。
この見立ては、間違いなく合っているハズ。今回で確信がもてました。いや、そもそもこの2人の段階から続く付き合いなんだからちょっと考えれば想像くらいはできるでしょうが

信也さん亡き後、笑顔を絶やすまいとしてきましたひなたさん(19話)。
それが同時に重責でもあったことは容易に察せられるでしょう。今回からしてひよりもそれは感じ取っていた様子ですし、共に過ごした時間を見ればひより以上の恋ママは、尚更のハズ。23話や今回のように、恋ママはずっとひなたさんを支えてもきたのでしょうね。
その現れがP121-4。まだ描写が少ないだけで、それでも端々に描かれてきたポイントを拾ってくれば充分にグッとくるモノがあります。
ただそれは裏を返せば「やはりひなたさんにもまだ何か苦悩があるのではないか」と再び思わせる点でもあり。
とにかく、P121-2で涙混じりに笑うひなたさんは尚のこと感慨深い。目の前で繰り広げられる賑やかさのあまり感極まった姿だとも取れます。

一方でそんなひなたさん、再婚前から一誠さんの「相談に乗って」たとは。
これも23話で窺えたポイントですが、一誠さんは父親としての在り方に思い悩む節があり、ひなたさんはそれに対して支える部分を見せていました。同じようなやり取りが予々なされてきたのでしょうね。
この辺り「母は強し」と感じるところでもあります。母子より父子のほうが苦労も多かろうし、その差は考慮すべきですが。

スローループの主人公、海凪(山川)ひより

個と個が「釣り糸で繋がる」のをきっかけに新たな関係性を育む。本作はそうして、個と関係性の両面を丹念に描いてきました。
だからこそ、可能な限り真摯にその両面を見届けてきたつもりの一読者として、やはりここで触れたい。
ひよりについて。

ひなたさんの結婚にひよりが1枚噛んでいた事実は、1話にあった(と思われた暗黙の)前提を幾分か引っ繰り返すモノでした。2人の間で決めてひよりにはひなたさん側から伝えられたことだと思っていたんですが、ひより自身も覚悟はしていたワケですか。
しかしそれでも重要なポイントの数々、本当に強い。そういう読み方も一応ずっとできるようになっていました。何か心を揺るがすことがある度、ひよりはああして海に赴いていたことになろうか。

恋ちゃんの後ろに隠れていたひよりが大きくなった様は、P127から窺えます。
恋ちゃんの弟の1人である虹くんを、家まで送っていくと申し出る姿。この時の驚き方からすると、恋ちゃんがひよりの成長を思い知った筆頭となるのがまさにこの出来事だったのでしょう。
しかも親友とは言え、その家庭の事情へ迂闊に踏み入るのはマズかった。そんな引け目までがひよりに対してできてしまえば、恋ちゃんがあれほど葛藤し、線引きを続けようとしたのもむべなるかな。

しかしひよりの成長ぶりは、その上をいくものでした。
何度も述べていますが、今回ひよりが恋ちゃんに正面切って伝えた言葉は、ひよりにとっては親友へ向けた精一杯の感謝そのものでもあり、恋ちゃんにとっては親友とこれからも共にいられる確信への第一歩になったでしょう。
小春に出会ってからのひよりは1巻にある6つのエピソードを通じ、小春に救われて1段階変化を遂げましたが、
実はその前段階となるターニングポイントがあり、今回語られた前日談がそれだったワケですね。

21話(3巻の〆)で小春を救おうとし、2人だからなれる姉妹の第一歩を踏み出したひより。
そんなひよりが今回、28話(4巻の〆)では恋ちゃんに救いの言葉をかけ、2人でいるからこそ開けた未来を語ってくれました。
嘗て救われた主人公が、自分を救ってくれた周囲の人たちを恩返しのように救っていく。ひよりには物語を牽引する主人公然とした姿が俄然増えてきたように感じます。登場人物中ひよりを頭1つ抜けて気に入っているボクとしてはもう感無量。

スローループの主人公、海凪小春

と、ここまで考えて再認識したのは、やはり作中での変化は小春のほうも(恋ちゃん以上に)まだまだなのだろうな、という点。
ひよりは1話の時点で一人称視点なだけに物語開始前の情報量が多く、幼馴染でもある恋ちゃんもその繋がりで自然と情報量は多くなるほうでした。
翻って小春の生い立ちは、今尚ブラックボックスだらけ。7話や21話はとりわけ重要な情報源ですが、それらが1つへと繋がるには断片的です。
21話の感想でも「2人の関係性はここから」と個人的に語っていましたが、この見方は改めて深まるばかり。小春はひよりと並ぶ主人公ですからね。
かと言って、今回は3巻前後のような不安もありません。
ひよりの物語、恋ちゃんの物語、ひなたさんの物語、恋ママの物語。
幼馴染の物語、そして家族の物語。
これら全てが不可分に絡み合いスローループの1エピソードを為していると、今回も存分に示してくれたんです。
であればこそやはり、この先必ずまた小春の番はやってくる。

それにしても、自分に内緒の話をされてる割に小春はあんまり不機嫌じゃなさそうな……それくらいの変化は小春にも出たのか?

実に28ものエピソードを通じて釣りが紡いできた、人と人との輪

で、これまでの総括でもある28話。
この機能を果たしていると感じられるのは、寧ろ上記以外のパートです。

小春に料理の手解きを受ける二葉と藍子。
アルコール絡みで意気投合しそうな(?)大人組。
そしてそのうちの1人である楓さんを取り巻いて小競り合いになる(?)高校生組。特にひよりが全く大人げない。
これらは実際、小春がやってきてから生まれた輪です。
14話の扉絵にも感じたことですが、本当に賑やかになりましたね。ひなたさんの視点を体験してるようだ。
信也さんと恋パパはしかし不憫な、改めて寂しくなるが何でここにおらんのだ

その中で個人的に特筆したいのは、恋ちゃんと楓さんという苦労人繋がりのやり取りが見られた点。
これもまた今後どこかでそれとなく示されると思いますが……まさにボクはこの2人の絡みを楽しみに待ち望んでいました。
まだ内容としては当たり障りもありませんが、28話単独でも、また全体を俯瞰して見る上でも大事なポイントです。

そして、最初の記憶を語るラストもまた余韻が残ります。
小春の記憶は笑えるし恋ちゃんは恋ちゃんで自分から話題を振っておいて内緒だなんてそりゃねえわ「いやらしい子」で笑えるし。真面な記憶の話をしたのがひよりだけっていう。
でも、これがこの3人なんですよね。こういう気安い絡みも最近になってまた一段と増えてきているだけに(23話24話)、とてもほっこり。

終わりに

ここまでディープなエピソードを描いておいて、その回想ですら、虹くんと双子である虎くんのおトイレネタや料理に失敗しているひなたさんなどのギャグ要素が挟まってきたりするのもまた、バランスがいいというか。(後者は「お母さん」であろうと努めるひなたさん、みたいな真面目な読み方にも通じますが)
シリアス一辺倒でも個人的にはいいんですが、それはそれで苦手な人がいるだろうし……それと相殺しない範囲でこういうギャグ描写が手堅くなされている巧さも、最後に拾っておきます。
2話のボツ扉絵がああだった作品が、今やこれだもんなあ。(誉め言葉)

<30日追記>
この記事を読んでくださった近しい読者の見解ですが、そういえば楓さんの一件で「大人げない」と上述したひより、これも「子供っぽい」と同等な一面でした。
確かにああいう面も小春の影響で出るようになったと考えることは充分可能ですね。

そう考えると今更ながら、ひよりも小春も恋ちゃんもそれぞれ年齢不相応な成熟のしかたをしすぎていたように感じてしまいます。
中学生にして、自分まで慣れない環境への巻き添えを受けると覚悟していながら母親に再婚を促したひより。
一人で過ごすことを心から避けたがるにも拘わらず、一人でも大丈夫と自分に言い聞かせてきた小春。
塞ぎ込む親友の側に上手く歩み寄れず、達観した見方をしてしまうようになった恋ちゃん。
恋ちゃん自身は自らを差して「中身は考え無しの子供のまま大人ぶってる」と評していましたが、それはつらい現実に適応するための策でもあったのだろうなと。
加えて、そのような適応をしたのは、ひよりも小春も同じと見て良いハズ。
ゆえに仮に恋ちゃんの在り方でひよりが救われなかったというifがあったとしても、それは恋ちゃんのせいではない。
3人はそれぞれ、少しイレギュラーな道筋で成長していっただけのことです。その過程も、きちんと踏まえておくべきだと思えてなりません。このことには、大人も子供も関係ない。
そして気安いやり取りができるようになった3人は、そんな過去もあったからこそ今を謳歌しているのでしょう。

先月の感想では「『友達』にフォーカスしたお話を4巻冒頭に当たるエピソードで前フリとして入れ、4巻終盤のエピソードでそこに深く切り込む構成の巧さ」を指摘していました。
まさに高校生たち3人の濃密な物語は、4巻のメインの1つと言っても過言でない。これは今回のオチを見ても明らか。
それでいて、記憶の話そのものは今回ここでしか出てこない贅沢な使い方ですが、一方それでこそじんわりまろやかな後味の余韻が出来上がったとも言えます。
<追記ここまで>

いやあしかし……
スローループは本当に強い物語だな、と何度目かの再認識をさせていただきました。

Written on November 24, 2020