孤独の痛みを分かち合いたい:『スローループ』21話

13話を最初に読んだ時は「ひよりと小春の仲も案外速く進展していくもんだな」と感じてましたが、今回を見るにそんなことは全くありませんでしたね。
少しだけ触れられた小春の過去と言い、これまで以上に考察材料が多く撒かれた気がしています。
ひよりと小春の2人が作中最たる主人公格であるにも拘わらず、元々ひより視点の多さと比較して小春の内面はあまり明言されてきませんでしたし。そして今回もおおよそその流れ通り、示唆こそすれど明確にはしなかった形。
ただ、単純に考察が捗るポイントはもちろん、個人的に嬉しいポイントも結構ありました。
その辺りを見つめながら、今回もつらつら感想をまとめていきます。もちろんネタバレしまくりで。

扉絵

咲き誇る向日葵の数々を背景に腕を組んでツーショットの小春ひより姉妹。絵になりますね。

21話より

これがいったいどういう場面なのかは今回のエピソードを読んでいくと分かる構成。

ひよりの作る料理と、皆で作る料理

前回の引きで料理を教わりたいと決心したひよりは、おばあちゃんの手解きでイワナ汁を作ることになります。
と言っても説明を受けたひよりが「これだけ?」と拍子抜けする作り方の献立で、さほど難易度は高くなかった様子。小春ほど料理慣れしていないひよりのこと、何かしらポカをやらかすのかなと先月から予想していたものの出来も上々になったようです。
まあ魚を捌くくらいはひよりも熟達してるもんなあ。

で、イワナ汁の出来上がりを待ちながら、小春への心配からか全員が沈黙。すると間髪入れず「小春ちゃんが元気になったら近くの植物園に行こう」と提案したのがひなたさんでした。
「笑ってるとこしか見ない」一面を思い出す流れですが、一連のやり取りからするとどうやら単純に、いつも「なるべく笑顔でいよう」とか「周りを笑顔にしよう」と考えているらしいことが分かります。19話の該当箇所が14話を踏まえてすらも予想外の爆弾で、胃の痛んだ描写だっただけにそこは一安心。
そしてひなたさんが自分も料理を手伝うと口にしたことから、無言で嫌そうな顔を見せるおじいちゃん。今回屈指の癒しポイントでした。

目覚めた小春と過去の病床

今回の考察ポイントその1、病弱だった頃の小春の元へ亡き母と弟・夏樹がお見舞いに来た記憶。
なかなか自分の元を訪れてもらえないと不機嫌そうに拗ねる姿がありましたが、どうやらこれが嫉妬しがちな小春の根本と言えそうです。
肉親の死に気を取られがちでしたが、考えてもみればそれよりも前からずっと孤独の時間が多かったと見るのが自然でしたね。「よく入院していた」となるとその間は家族と離れ離れですから、近しい人同士がくっつき合っているのを羨むのも頷ける。
そしてこれはおそらく7話などの「(一人でも)大丈夫」な部分に繋がっているとも察せられます。

少し後の描写ですが、ひよりに「つらい時は弱音吐いていいし悲しい時は泣いていいよ」と望まれた小春はP211-4で生返事のまま非常に呆けた表情をしていました。
思ったことをすぐ口に出す性格のハズがここで何も言わないとなると、小春はきっと実際何も思っていないのでしょう。
しかし前回ひよりが一時的に部屋を離れようとした時、小春は寝込みながらも咄嗟にその腕を掴んでいました。
その辺を考慮すると多分、小春は嫉妬しやすいのと別に、心理としては孤独に慣れていない反面経験として孤独に慣れてしまっているせいで、孤独のつらさそのものには普段から無自覚な一面があるんじゃないかと思えます。だからあんな表情になる。
ボク自身前回の感想で「(小春)もしかして病弱引き摺ってる……?」と書いていましたが、内面的な意味では遠からずだったかもしれません。

ところで小春の産みのお母さん、過去の中の姿とは言え下手すると外見が大学生くらいにすら見えますね。振る舞いはお母さんらしさを抜いたら残りの溌剌さがまんま小春っぽい。
この感想記事を書いててまだ名前が出てなかったと気づいたので、そろそろ出てくると色々ありがたいところです。
一方前回ひなたさんから連絡を受けた父親の一誠さんは、小春が振る舞われたイワナ汁に舌鼓を打っている中でようやく到着。その姿を改めて見て、髪色の薄さとかは小春に受け継がれてるのかなと感じたり。何の話だ。

小春はひよりのお姉ちゃん

回復へ向かった小春に、ひよりは恥ずかしがりながらも優しい言葉をかけました。
自分たちの繋がりを示すワードが照れ臭そうな表情から出てくる辺り、13話で一花さんの救いとなった言葉は実際問題姉妹の片割れとして口にしたワケではなさそうで。
距離感のスローな進展具合が何ともいじらしいですが、物語はこれからだと思わせてもくれます。
ここが考察ポイントその2。ボク自身13話の頃に「2人の姉妹としての距離は実際どのくらいのフェーズか」を念頭に置いてSSを1本執筆していたものの、14話以降しばらくそういうベクトルの展開すらなかったため、完全に見当違いだったかなと感じずにいられませんでした。
ただ蓋を開けてみれば、姉妹関係の進み方もまだまだ。リアルさの意味合いでは本当に安心しました。

さて、ではその姉妹関係が今後どのように進展していくか。
先述した「つらい時は〜」というひよりの言葉が、やはり大きな意味をもってくるんじゃないかと感じます。
P215-4、ひよりは小春へ「……頼りにしてるよ お姉ちゃん」と口にしますが、これは料理が主軸に据えられた文脈である他方、ひよりが小春の天真爛漫な有り様に救われ、心の拠り所にもなってきたからこそスッと出てくる事実なんじゃないかと。
事実だからこそ、過去でも未来でもなく現時点において重要な言葉であるワケです。そしてその事実を小春に告げたのは、ひよりが小春を家族・姉としてまた一段階深く受け入れたのと同期しているのでしょう。
今度はそんなひよりのほうが、小春に「家族なんだから迷惑をかけたっていい」と願った。であるならば、ここからは小春の番と思いたい。
例えば、母親と弟を失った時の小春がどんな心理状態だったのか。5話でひよりが心の内に提起したこの謎は、読者にすら開示されていません。
この謎に関する真相を2人が共有するかどうかは、2人なりの家族の形です。しかし少なくとも、今後の2人の間柄を決定づける鍵として同種のポイントは間違いなく発生するハズ。
掛け値なしに優しげな、そしてあたたかな笑顔でひよりが小春をお姉ちゃんと呼んだのは、「小春も自身の感じるつらさを共有してほしい、自分はそれを分かち合いたい」と願う心の現れでもあると、ボクは信じて止みません。
小春は小春で満面の笑顔と共に「……私もここがいい」と話した通り、良き家族・姉としてひよりの隣にいたがっているでしょうし。思ったことを口に出すのが小春なら、小春が次に直面する壁は「自分の痛みを自覚できるかどうか」になるのかな。

3巻のラストを飾る(と思われる)エピソードとして、全体と共に俯瞰してみる

実を言うと初見の印象は「総括としてはちょっと弱い……?」でした。
1巻2巻が綿密に構成されていたのと比べ、途中でインターミッションを挟んだりとか、シイラ釣りのエピソードが2話分から3話分に増えたとかで帳尻が合わなくなり、それが先の印象に関係したのかもしれません。(3巻は2巻から更に1話増えて8話分収録になるであろうことを踏まえると後者はやっぱり関係してないかもしれません)
釣りの側面では「自然との寄り添い方」がテーマの1つとして示されたものの、今回直接の釣り描写はなく〆として詰め込まれたのは家族の側面ですし。
まあ何も単行本1巻の括りで綺麗にまとめる必要が必ずしもあるワケではなく、またスローループは1話1話が濃密な作品でもありいざ感想を書いてみるとさほど物足りなさは感じなかったので、不満が残ったりはしませんでした。

ともあれ、3巻分のエピソードではこれまで以上に今後へのフリと思しき箇所が多かったのも事実。
今回で言えば小春の一件が(おそらく)そう。14話の「指輪をしていないひなたさんと一誠さん」も今回までに回収されていません。のみならず19話、ひなたさんの「笑ってる顔しか見ない」現状も解決したワケではない。
他、二葉藍子コンビや一花楓コンビなど、もっと色濃い描写が望めるところも多々あります。その分は今後に一層期待。

ex. 家族内外における小春とひなたさんの近似性

好きな作品が被るとよく一緒に考察をする親しいスローループ読者が、最近よくこの見方を話題にしています。
曰く「2人は暗く重い空気を忌避し、なるべく雰囲気を明るくしようとしょっちゅう笑顔を作ったり話題を切り替えたりしている」と。

小春のほうは6話で、ひなたさんが食事に困ると弱音を吐いた際すかさず「スーパーの惣菜いいですよね!」と乗っかる一幕がありました。
また20話を読み返した時に感じたのが、P219-5とP220-1では不自然ささえある話題の切り替わり。(ワンクッションに当たる場面がないにしてもページを跨いでるだけで気づかなくなる辺りボクは読みが甘い……)
それを踏まえて今回のひなたさんです。植物園へのお出掛け自体は本当に不意で思いついた線ももちろんあるでしょうが、沈黙を嫌った一面を加味すれば、空気を変えようとする意図の可能性は大いに考えられること。
意識的か無意識的かは個人的にまだ根拠不足なのでさておき、共通点として上げられるのは確かと言えそう。

この観点から2人を見ると、何だか他にも似たところがある気がしてきます。
例えば件の読者は「小春って心から笑ってる場面あんまりない?」とよく疑問を感じているらしく、個人的にこれはひなたさんにも当て嵌まってるんじゃないか、とか。
信也さんが亡くなる前のひなたさんは感情豊かだったと言われてますし、笑顔がもっと底抜けだった可能性だってあるでしょう。

書いてて改めて思いますが、ひなたさんや一誠さんの内心にはこの先どこかで絶対触れてほしいところです。
3巻がそろそろ出る今となっては1巻の頃と違い、親側への直截的ではっきりとした言及も増えている分余計に。

Written on April 24, 2020