釣り人の知恵が人と人とを繋ぐ:『スローループ』31話
信也さんが存命だった頃のエピソードを突っ込まれると、その回は否が応でも読み込むのに時間を要してしまいますね……
それにひより視点ではまだまだぎこちなさも残る、一誠さんとのやり取りであったり。
あるいは、信也さんが見せた釣り人としての一面を、しっかり受け継いでいるひよりの姿であったり。
全体を通して俯瞰すれば穏やかな回であるゆえ読みやすい分、重要なポイントもダイレクトに響いてくる印象。
個人的にはこれでも少し胃が重たくなった回ですが、しっかり感想を書いていこうかと。
「今の海凪家」における父子としてのひよりと一誠さん
信也さんの話題を無意識で出すひよりに、「ひよりちゃんが良かったら教えてくれる?」と語りかける一誠さん。
冒頭6ページ目から消費カロリーの高い会話を放ってくるな、と。あたたかな今の家庭を見せる意味でも、過去になってしまった家庭を匂わせる意味でも。
一人お風呂に浸かるシーンでは曰く「魚の話だとしゃべりやすい」そうなひよりと、「白身魚は寝かせた方がおいしい」ことを覚えていた一誠さん。2話を思い返せば、確かに冒頭で小春の部屋(元は信也さんの部屋でしたね)について話していた中で一度ひよりは逃げ出してしまいましたが、白身魚の話題では自然なやり取りができていました。
ひよりの感じる通り、魚の話題は2人が「今の海凪家」の父子として距離感を縮めていく糸口の1つになり得ているんでしょうね。
まだまだ一誠さんが気遣いを見せる側面もあるものの、23話と比べてもその距離感はまた1ステップ踏み込んだと言って差し支えありません。
そんな中で、捌き方に加えて「左ヒラメに右カレイ」とはまた別の知識をさり気なく色々と交えてくる辺り、「本当に魚の話ならひよりはやりやすいんだな」と感じさせます。
ボク自身も知らんかった。
亡き家族との思い出は、知恵と結びついて残り続ける
ひよりから一誠さんへ伝わったヒラメとカレイの知識。それをひよりに聞かせたのは、やはり言うまでもなく信也さんでしたか。
ここでちょっと深読みしておきたいのは、この回想シーンで信也さんからひよりに教えられた知識が「口の形」と細かな食性の違いまでであること。
だから味や調理法も違う、というところは描かれていない。一方でひよりはこれだけの知識を備えている。
ここから読み取れるのは、(おそらく)信也さんの背中を追うようにひより自身のほうでも魚について学んでいた時期があると思われることです。(あるいは今回描かれていない過去の場面で伝わっている線もあり得ますが)
特にひよりは信也さんを亡くして尚も、その父親と同じく海や魚のことをもっと知ろうとし続けています(26話)。
そんなひよりの努力家な一面が、こういったところへ散りばめられているようにも感じました。
亡き父親が伝えてくれた知恵。その父親と共に交わした会話。2つを合わせて思い出として残しながら、ひよりは父親の背中を追い続ける。
いつかひよりがそんな話を気兼ねなくできる日も、来てほしいものですね。
そして、この回想シーンには言及したいポイントがもう1つ。
実の父親が開拓したフライの手法は、今の姉を助ける鍵となり得る
「じゃあフライでもヒラメつれる!?」
「! ちょっと考えてみるか……」
フライでの新しい獲物を設定し、試行錯誤のやる気を見せる信也さん。
これ、先述した26話を思い出すと唸る場面ですね。
信也さんと恋ちゃんのお父さんは、様々な獲物をフライで狙い続けていました。
その一端だったのが、1話でひよりによって為された「(おそらく観音崎の近辺で)フライによってメバルを釣るやり方」。
ひよりたちが行っているフライフィッシングには多くの先駆者がおり、そして信也さんたちもまたそんな先駆者である。そのことが、今回再び示されるとは。
自然に撒かれた場面ではありますが、ひよりが信也さんの背中を追うようになった経緯のディティールとなる、重要な描写です。そういう意味でもこの回想の意味は本当に大きい。
何より感慨深いのは、こうして信也さん(たち)が開拓し、ひよりもそれに倣って覚えた「フライでヒラメを狙う釣り方」が、今こうして実際に活かされようとしている点。
釣りを始めて現在も成長途上にあり、しかし船は怖くて苦手だと言う小春に、その知識と手法が最適解を打ち出してくれたワケです。
(姉が頼りにならないと言うつもりは全くありませんが)本当に頼りになるなあ、この妹さん。
とは言え小春の反応を見るに、ヒラメ釣りがやりやすくなると言ってもまだ前途は多難なようですが。
終わりに
今回の記事を書いていて、何だか4巻発売の頃に見つけたとあるレビュー(今見ても本当に素敵なレビューだ)にそこそこ影響されているなと感じたりしました。
亡くなった親しい人とどう向き合うか。そこにどんなケースでも通用する答えは決してありませんが、ひよりに関して言えば、継承された教えや思い出という形で在りし日の信也さんが息衝いている、1つの理想形と考えても良いのかもしれません。
それとひよりと一誠さんの距離感については、記事を書くに当たり2周目を読んでいて新たに気づいた点がありました。
P96-5、眼鏡が曇っている一誠さんを見て笑いを堪えるひよりの姿。これこそ初期では考えられなかった一幕でしょう。
今回のようにまた一段と食欲がそそられる料理を味わう今の海凪家には、こんな笑顔も自然と溢れるようになったんですね。
素敵な家族になってきたもんだ、本当に。