考えろ、感じろ。性的表現は考察と可分ではない

TLに何度か回ってきたことのある記事(1)があった。
その中で「嘗て考察が殆どだった『サブカルファン』(2)たちの現在のコミュニケーションは『性的表現』(3)前提であるケースが圧倒的多数を占めている」という説が宜しくない意味で、そして両者を対立させる構図で展開されていた。
ボクにはそれが妙に引っかかった。
で、考えた。
結果として引っかかった理由がやっと分かった。
それは、考察と性的表現の可分性が証明できていないから。

考察と性的表現が不可分である可能性について、もう少し詳しく

とは言え、これは拍子抜けするほど簡潔にまとめられる。
まず実体験としてだが、ボクのいる界隈の片隅ではとある作品のとあるCPが性的関係を伴うかどうかについて以前議論が交わされたことがあった。
また、より広い話をすれば創作が本当に全く考察なく作られているかを受け手が判断するのは非常に難しい。というかおそらく無理。
サブカルファン、とりわけ2次創作者が考察と嗜好をどの程度のバランスで重視するかは、その発言からある程度予測することはできるけど、まあ断定できるワケはないよね。 ということで、この2点だけでも二者の可分性を疑問視する理由になる。
 
個人的にも土台となる考察上必要になったときはSSをR-18にしたりするので、ボク自身が多数派だと思っていないとは言えど、無考察が多数派だともずっと思っていなかったのだけど、その考え方の土台が今日よく分かった(4)。

  1. リンクを貼り付けるか迷ったけど、一応貼り付ける。この記事。こちらで紹介されている別の記事ともども、作成後比較的早くに目を通して今回の記事と無関係な部分については「ふーん、なるほど……」と思いながら見ていた 

  2. 元記事では『オタク』と表記されていたが、定義が発言者によって大きく変わるこの言葉が大の苦手なので表記変更 

  3. 元記事では『性癖』と表現されていたが、本来の意味で使われていないので表記変更 

  4. 本意としては真に無根拠で嗜好を暴露しただけの2次創作を排斥したいがゆえの皮肉の側面もあるけど、自分が疲れてるから八つ当たりしてしまっている面もあるし、何よりそんなもんツイッターに流せるワケないです 

Written on August 23, 2016